繊細さの奥にあるもの。

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 ああ、わたしは傷ついてたんだと悲しみがこみ上げてきて、

涙が溢れ出した。

あまりに「え?それくらいことで?」という理由で

涙をぬぐいながら呆れた。

 

それくらいのことで悲しいなんて

傷つくなんて愚かだと思ってたから

気づこうとしなかったんだと

その愚鈍さに呆れた。嫌だと思った。

 

いや、違う。

本当はどっちにも気づいてたんだ。

 

それなのに無視してた。

 

繊細さゆえに、そうやって押し込めてきた欠片が

今になって胸に突き刺さる。

 

その奥にあるものをちゃんと見ろよって思う。

 

悲しくて、怖くて、傷ついてたわたしも

ここに居るのに。

 

傷つきたくなくて

見ようとしてなかっただけで

しっかり傷ついてた。

 

ただそのことが、そうだったんだなと分かったら、

じわっと涙が出た。

呆れたけど、その愚鈍さに嫌気がさしたけど、

それもわたしだ。

 

忘れたふりしてたけど

そういうわたしも居るのだ。

 

ただそれだけのこと。

 

だからもうそこから幻想(妄想)というドラマは始められないなって思ったら、

 

1時間も経たないうちに別の扉がすぐに開いた。

 

愚鈍なままでそこに飛び込んだら

あははと自分を笑い飛ばせた。

 

これだから、面白い。

 

全ては自分がつくっている世界観の中で

ただ右往左往してるだけで

そのことに気づいては、また忘れ、、、

思い出しては、あらたに選び直していく。

トライアンドエラーを繰り返しながら。

 

生きてゆく。

 

 

わたしが冷えとり靴下履くのをやめた訳とその後。

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友達に編んでもらったネックウォーマー。

最近のお気に入り。

 

4年くらい続けていた冷えとり。

靴下重ね履きしてたのを、やめてから一年以上経つ。

冷えとりと言っても、厳密ではなく、

最終的には靴下とレギンスを常に(夏も)履くっていうくらいだったので、

別に冷えとりついて物申すつもりはない。

ただ、自分的メモとして気づいたことを書いてみる。

 

なんで冷えとりやってみようと思ったのか?は

「興味深かったし、なんか良さそうと思ったから」

深刻な冷えに悩んで、、、とかではなく、

そういえば足も冷えやすいし、靴下重ねてそれが改善されたり、

体調が良くなるならやってみようか!と靴下を買い集めた。

もともと何故か靴下が好き(買うのが)だったこともあって、

はまった〜。靴下に何万円使っただろ(笑)

オットも重ね履きしてたので、4枚×ふたり分で洗濯してると

干すのが大変で。。。

五本指ソックスだから、オットがそのまんま脱いじゃうと

指のとこをいちいち出して干さないとならないのが非常にイライラした。

冷えとりやってるのにね、イライラしたら本末転倒。

 

実際にやってみてよかったのは、

気持ちが落ち着く感じがあったし、

わたしは映画とかライブとか何時間もトイレに行けないことに緊張して、

余計にトイレに行きたくなるという感じがあったけど、

靴下重ね履きしたり下半身にとにかく厚着することで、

それが自分的には解消されたと思う。

あとは白湯って美味しい!と気づいたこととか(笑)

 

靴下履いてれば大丈夫っていうお守りになったんだと思う。

そのお守りが、今度はいつの間にか「こだわり」になってた。

 

からだから変えて行きたくて始めたのに

変わっていたからだのことに気づけず、鈍感になってたなって

今は感じる。

 

ある日の朝、両足がパンパンに赤く腫れた。

痛くて痒くてびっくりした。

 

もしかしたら、もう少し前だったら、

「すごいめんげん(好転反応)が出た!」って喜んでたかもしれないけど、

その時のわたしは速攻皮膚科へ行った。

 

その1カ月前くらいから、

寝てる時に靴下履いてると汗をかいて気持ち悪いって感じてたのだった。

その違和感に足の腫れをみた時、こういうことかって納得したので、

病院へ行き、素直に医師の言うことを聞いて薬を塗って治した。

「寝る時、靴下履いてませんか?」とずばり言われた。

病院で言われたのは、免疫力が落ちてる時に、もともと体内にあった菌が、

足が蒸れて増殖してしまった、と言うことだった。(水虫ではなかった)

 

病院に行かなくても治したのかもしれないけど、

足が腫れたとき、もういいよー、腫れてまで続けたくないよー、

と正直感じた。違和感あったのに頑固に続けて足にも申し訳ない気持ちだった。

 

数年ぶりに素足で床を歩いたら、スースーした。

 

靴下重ねて履いてたサイズ大きめの靴も買い換えた。

身軽になった気分だった。

 

冷えとり中は風呂上がりも何はなくても靴下を先に履くから

あんまり足を見てなかったけど

自分の足の形ってこうだったのかと数年ぶりにマジマジと見た。

 

(今思い出したけど、靴下脱いで寝るようになってから二度ほど、

足の裏の皮がペロンって剥けた。あれは何だったんだろう?)

 

ともかく

こうしてわたしは靴下重ね履きやめました。

 

足が腫れてまでしないと

今の自分の感覚はどうなのか?って気づけないって

わたしって相当頑固だなあって思う。

 

昨日はひっさしぶりにストッキング履いてみた。

 

毎日は嫌だけど、たまのおしゃれにはいいなって思った。

 

洋服もここ何年も、素材とか心地よさにこだわってたんだと気づく。

 

それが良いって選択してたと思ってたけど、

何かの「縛り」だったのかもしれない。

 

あとは不安からの選択。

 

わたしには似合わないから、恥ずかしいから、

お化粧も今更してもなあ、、、なんか肌に悪そうだし。。。とか。

 

でも、メイクの仕方がわからなすぎて申し込んだお話会とレッスンで

プロのメイクアップアーティストの先生から

SPF高い日焼け止めは落とすのにも肌に負担がかかるから、

それだったらファンデーション塗ったほうが良いです!って教えてもらい、

ナチュラル製品として売られてて買ったばかりの日焼け止めを塗るのやめた。

それ以来、ファンデーションも10年以上ぶりに買って、ほぼ毎日塗っている。

先生に教えてもらった通りには再現できないけど。。。

 

思えば!それだけじゃないけど、

冷えとりやめてからの方がすごい改革が自分に起きてるわ。

こうやってあらためて書いてみると。。。

 

先日は生まれて初めてデパートBAさんにファンデーションを選んでもらったわよ!

これも前だったら超恥ずかしくてできなかったこと。

 

服を買うときも、信頼できそうな店員さんに合わせ方とかばんばん聞く。

 

自分がどう見えてるのか?なんて

自分が決めつけてるだけだから、人のアドバイスを聞いて受け入れてみると、

選択肢が広がる。

 

選択していくことは、出会いだから、

何と出会うかで変わってくるし。

 

冷えとりと出会い、冷えとり関係(ざっくりでごめん)の人と出会ったことも

何ら後悔もないけど、違う選択もあったのだとも思う。

 

相変わらず感覚優先になってしまう

何となくの直感型だけど。

 

なるべく自分で決めつけたものに縛られず、
出会い続けていきたい。

 

わたし、はわたしであって、わたしでない。

 

いつかの「わたし」だと思ってた「わたし」はもういない。

 

そう思うと寂しいけど、生きるってそういうことかもな。

 

 

 

 

 

時代のものじゃなくて、あなたのものになりたい。

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ジャニーズ事務所から独立した、草なぎくんと稲垣くんと香取くん。

新しいファンクラブもできて、サイトが話題になってるけど、

そのサイトを見たら、

ああ、ほんとにアイドルじゃなくなったんだなって思った。

今までもドラマに出てたし、歌も歌ってたし、バラエティもやってたけど、

今までのキャリア関係なく、個々の表現をしていくのだろうなって思うと、

SMAPっていうのも、もはやこちら側としても過去のものだと感じられて、

あんな大看板背負ってたのに?ってちょっと自分でもそんな風に思えるのが不思議だったけど。

 

先日、スマステの最終回で、

大下アナウンサーと最後にハグしたり、

最後のゲストが山本くんでよかったです!っていう彼や、

もっと続けたかったよーって本音を漏らした様子に

アイドル然とした感じは全くなくて、

人間味がある正直な姿しかなく、

ほんとうに才能が出せるのはこれからなんだろうなって思えた。

 

わたしは特にファンじゃなかったけど、

キムタクと同じ年で、学生の頃からずっと時代とともにあった彼らが

ファンだとか好きとか嫌いを超えて、当たり前の象徴だった。

(引退発表した安室ちゃんもそうだった。)

一枚もCD買ってないのに何曲もカラオケで歌えるくらいに。

あ、これいうと今の子たちは違法ダウンロードとか、YouTubeとかイメージするのかも、

違うよ、街のBGM、テレビ、でまるっと覚えられるくらいガンガンに曲が流されてたってこと。

そういうのが当たり前だったのが、

今思うとすごいことだ。

(今、流行ってる曲は細分化されてるので、ダウンロードして聴いたり、

YouTube見たりしないと覚えられないと思う。いつの間にか全部歌えるとかないんじゃないだろうか。)

 

どれだけの影響力だったんだろう?

同じ時代を生きてた私たちにとって。

 

 

星野源くんが、

僕は時代のものじゃなくて、あなたのものになりたいって歌ってて、

今現在、ほんとうにそうなってるように

 

今まで時代の象徴みたいに輝かされ続けて来たあの人たちが

もっと自由に、本当の意味でのオンリーワンな存在に

なっていくところを、これからも、熱心にじゃないだろうけど、

自分が生きていく日常の中で見られることが楽しみだ。

 

個人的には草なぎくんの演技が好きだったので、

どんどん映画とかドラマに出て欲しいなと思う。

変態的な役とか似合うと思う。

問題起こしてからますますいいなって思ってたよ。

人間味があるなあって。。。

 

あー、でも、マジで次元変わってきてるね!(笑)

 

マトリックスな世界で目覚めた先に何があるか?

 

それもどう選択してゆくか、なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日は来るということ。

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先日。ずっと日にちと曜日を間違えて過ごしていて、

夜、オットと話してて「今日は7日木曜日だけど」って言われ驚いた。

前日に「明日空いてますか?」と予約メールをもらい、

お客さんが来てセッションしたけど、

わたしはずっと金曜日だと思ってて、

でもその方は木曜日だったから来れた訳で。。。

お互い別の時間に居たけど会えたという不思議。

 

いや、この次元では木曜日だったけど

わたしはずっと金曜日だと思ってたから、金曜日を過ごしてたのだ。

 

時間ってなんだろうか?とあらためて感じた日だった。

 

パラレルワールドってこういう風に

ふいっと移動できるのかも。

意識をいかにカラダごとの今にするかということなのかも。

 

 

最近、いろいろ起きてる。

ミサイル、地震、災害、事件、事故、、、。

大規模太陽フレアとかも。

不安になる要素なんて、たくさんあるはずなのに、

どういう訳か、じぶんの内側はとっても静か。

 

いよいよなんだなってしか思わない。

 

やれることをやるまでだ。

 

ひとまず、今は、明日は来ると思えてる。

どんな明日になるのかはお任せだけど。

 

それでいいじゃないかって思うんだ。

 

 

 

自分の素晴らしさに気づいてしまったら。

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自分の素晴らしさに気づいてしまったら…

もう理由が無くなってしまうから怖いのだと思う。

 

あなたは謙虚だ、そこがいいんだと

立て続けに言われたけど、

 

わたしは謙虚ではなく

ただの臆病なんだと思う。

 

自分の凄さ、素晴らしさに

自分がほんとうに気づいてしまったら

 

こうしなきゃ、ああしなきゃ、

という理由が無くなってしまって

じゃあどうしたらいいの?と

路頭に迷ってしまうと思い込んでいた。

 

素晴らしさに気づくって

 

何もなかったって気づくことと同じなのかもしれない。

 

最初から何もない訳だから

余計なことは何もしなくていい。

 

評価された「素晴らしさ」というのは

箱だけで

中身は何もなかったのだ。

 

ああ、急に真っ暗になって

大雨が降ってきた。

 

暗転した後、

 

どんな世界をわたしは見るのだろう。

 

 

 

言いたいことは特になし。

 前のブログは毎日更新っていうのだけ決めて書いてきたけど、

今回はその縛りなく書きたいときにだけ書こうと思う。

 

言いたいことって最近特にない。

なんも言えねえ状態にはなるけど。

 

ほんとにびっくりしたり苦しかったり気づいたりした時って

なんも言えなくなる。少なくともわたしは。

 

気づくったって

その時点での自分が気づいたってだけで日々変わるしねー。

 

まあでも記録的に書けることは書いていく。

書くのはすきだし、唯一、子供の頃から続けてること。

 

ーーーーー

 

先日、人づてに、ちょっとだけ会ったことのある人に、

「彼女は目の奥が閉じてる」(覚醒してないって意味か?)

って評されてたって聞いた。

 

まあ、ほんとにそうだったし、

その通りです!って感じww

 

覚醒した覚えもないし、

苦手なタイプの人だったのでハートも閉じてたし。

(単に人見知りってこともあるけど)

 

だからその人がどういうつもりで

そう評してくれたのかわかんないけど、

すごいなあって思って感心した。

 

初対面の人を良くも悪くも

評することはあんまり好きじゃないし

やっぱり苦手なタイプの人だって自分の直感もその通りだったし。

 

でも、そんなゲームに付き合ってる暇あったら、

わたしはわたしのことをしたい。

 

カラオケ行ったり

美味しいもの美味しく食べたりしたい。

好きな人たちと過ごしたい。

 

自分の目なんて簡単に曇る。

 

自分の目もそんなに信頼できないくらいなので、

 

ましてや名前も覚えてない一回だけ会った人のことや

会ったことのない人の言うことも信頼しなくていいと思う。

 

疑いつつも信頼したければ

それを愛するしかない。

愛したことはどんなふうになろうとも

それは自分の責任だ。

 

変化するものを縛り付けるものたちを

徹底的に見て

ぶっ壊していくしかない。

 

自分を信じてって

今まで言ってきた自分もぶっ壊す。

 

信頼は「する」ものじゃない。

 

気づけばそこにあるもの。

 

空気があるって信頼してるから息が吸えるって訳じゃない。

 

ただあるから吸っているのだ、無意識に。

意識してそうなってる訳じゃないし、

意識した途端に逆に息苦しくなる。

 

これらはわたしの言いたいことじゃない。

 

ただ今のわたしが感じ

言葉にしたものたち。

 

それ以上でもそれ以下でもない。

 

自分で愛せよ、

自分の目で。

 

人の目で景色を見てもつまらない。

 

 

仕切り直しである。

今日からあらたにまたblogを書いてみる。

 

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 バスを降りると、

近所の神社で盆踊りが行われてた。

 

間延びしたような音で聞こえて来る

聴いたことあるけど曲名は知らないなんとか音頭と

暗闇に光る電球色の明かりがなんともノスタルジックだった。

 

ーーーー

 

思えば遠くに来たもんだ。

ここに住んでいるのも、今の仕事をしてるのも

10年前くらいには思いもよらないことで、

どうしてこうなったんだろうなって

時折思う。

 

後悔とかではなく

ナチュラルにただただ思う。

幾重にもいろんなことがあってこうなってる訳だけど

人生って不思議だわ。

 

 

 

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